子宮・卵巣がんのサポートグループ あいあいのページ

ソフィー 9つのウィッグを持つ女の子



がんと医療とセクシュアリティ

「エクスタシーは"小さな死"」と言われるけれど、この本の著者、21歳の恋多きソフィーが直面しちゃったのは、ホンモノの死。胸膜に横紋筋肉腫という筋肉のがんが見つかり、彼女の楽しかった日常は暗転する。
政治学専攻の大学生で、カフェやクラブ通い、ファッション、旅行が大好き。"普通の女の子"(本人の弁)が、病院という"異界"と日常を行き来することになる。何よりショックだったのは、抗がん剤の副作用で、大切な髪が無惨に抜け落ちちゃったこと。自分のがんの見通しが、暗いこと。
命の有限性に気づかされた女の子の胸のうちは? がん患者でも、恋愛できるの? 家族や友だち、専門職など、支える側にできることは? 感受性のアンテナがピンピン立っている若年性がん患者の悩ましい日々が、デリケートな問題も含めて、赤裸裸に綴られていることが、本書の何よりの魅力だ。
「がんとセクシュアリティ」は、まだまだ新しいテーマ。『がん患者の〈幸せな性〉』(アメリカがん協会編、高橋都・針間克己訳、春秋社)でもふれられているけれど、好きな人に「がんのことをいつ話すか」とか、「外見の変化に対処しよう」の生きたサンプル集みたいでもある。

ソフィーは脱毛対策に、おしゃれでバリエーション豊かなウィッグが揃う演劇専門店のお得意さんになる(医療用ウィッグは、彼女のお眼鏡にかなわなかった)。9つものウィッグに、「デイジー」(ブロンド)や「スー」(赤毛)など、特徴にあわせた命名をする。つるっぱげを卑下した彼女が、ウィッグの力を借り、妖艶、内気などさまざまなキャラクターを演じ、女性であることを全力で楽しむようになる。
がんを秘密に交際したり、がん仲間と恋に落ちたり、がんの女の子は重過ぎるとふられたり、試行錯誤を重ねる。恋人とのセックス前には、頭から脱落しないよう「専用の両面テープを買い、わたしのウィッグをセックス仕様にするのも忘れなかった」。イケメン医師とのロマンチックな妄想にふけることも、尿失禁や更年期障害様のほてりのことも、さらりと打ち明けるのが彼女流だ。
がんでも生活を楽しめる。むしろ、がんだからこそ出会った新たな楽しみを味わう。
だが、その裏には、死への恐怖が張りついていた……。著者は、この青春リアルな闘病記で、晴れて作家デビューを果たし、一躍有名人になった。
もう一つの注目点は、舞台となるアムステルダムの医療現場や街の様子。看護師の服装の自由度は高い。「スキンヘッドにチェーンネックレスという厳つい風貌」の男性や、週末はクラブDJという、髪を真っ赤に染めた美女だったりする。医療スタッフのなかにも、ゲイやレズビアンが顕在化し、溶け込んでいる。
そんな環境だからこそ、ソフィーが病院に行くのにもウィッグを取っ替え引っ替えして変身し、本人と見分けがつきにくいことも、奔放な恋愛体験も、周囲に温かく受け入れられやすいのだろう。
日本の病院では、入院患者に顔色がわからなくなるからと、化粧を禁じるところさえあるから、文化の違いにも目を見はらされる。
(初出:「現代性教育研究月報」2010年2月号)

富士見産婦人科病院事件――私たちの30年のたたかい



健康な子宮や卵巣を摘出されて

「すぐに手術しないとあと1カ月でがんで死ぬ」などと偽りの病状で煽られ、病院ぐるみで、子宮や卵巣を摘出されてしまった女性たちの粘り強い活動をまとめた本が、出版された。
富士見産婦人科病院事件が発覚したのは1980年。「許せない、忘れない、くり返すまい」を合言葉に、被害者運動が巻き起こした波紋は広がった。患者の権利意識の高まり、カルテやレセプト開示、インフォームドコンセント、セカンドオピニオンの普及など、今日の医療変革に与えた影響は大きい。2005年、リプロダクティブ・ヘルス/ライツを推進した功績で加藤シヅエ賞を受賞、2010年には、本書で山川菊栄賞の特別賞を受賞している。
無資格の理事長が当時最新の超音波断層診断装置で"診断"を下し、理事長に言いなりの医師らが執刀、不正な医療費も支払わされた。保健所に届けられただけでも、被害者は1138 人。20代、30代が多く、がん検診や妊娠相談に来た無症状の人たちもいた。子どもを産む可能性を閉ざされ、後遺症に苦しんだり、離婚に追い込まれたり、自殺を何度も考えた人もいる。
なぜそんな病院へ行ったのか? 最新の医療機器を備えた、埼玉県所沢市内で最大の産婦人科専門病院。時代先取りの豪華なサービス(喫茶室や美容院、選べる食事等)、有名医師を顧問にすえ、自前の新聞・雑誌を広告宣伝に使い、厚生大臣などへ献金をバラまき、すごい病院のイメージを巧妙につくった。頼みの行政へは苦情が多数寄せられていたが、医療内容に踏み込む監視体制はなかった。
初めは寄せ集めのシロウトだった被害者たちが怒りを共有しあい、手探りで活動を重ね、しなやかに鍛えられていった。地域住民や心ある医師・弁護士、さまざまな立場の女性たち、医療被害者団体、そして世界へとつながった。病院側の執拗な誹謗中傷や、責任回避の行政の壁にも屈しなかった。傷害罪での刑事告訴は不起訴処分にされ、やむなく民事裁判をたたかい抜き、2004年に勝訴が確定している。ただ、病院は倒産、わずかに得られた賠償金を、本書の制作費に投じた。
「病院の中で何が起こっているのか外からはわからない医療の密室性、検査や手術をすればするほど儲かりチェックも甘い出来高払いの保険制度、女性の生殖器に対する軽視や偏見、お互いをかばい合う医学界の体質など、さまざまな問題が背景となって起きたこの事件は、当時『氷山の一角』と言われました」という。利得に駆られた一病院の医療犯罪というだけでなく、構造的な問題が浮き彫りにされた。
夢中で読みながら、「これは過去のこと。今はもう似た事件は起きない」と片付けられない現状に慄然とする。医療犯罪までいかなくとも、安心・納得の医療にたどり着くのは、難しい。
情報量は増えたが、インターネットで自分の病気について知ろうとすると、玉石混淆の情報であふれている。例えば、あるがん体験者のHPを閲覧して、「神の手」「世界的権威」と自称する主治医へ、多数の患者が流れている。その医師に関して、医療相談窓口へ「医療費が非常に高い」「説明がない」「『死ぬ気か』と罵倒された」など苦情も多い。
「がん情報サービス」(国立がん研究センターがん対策情報センター)の「病院を探す」の機能で、各地のがん拠点病院を知ることはできるが、病院によって医療の質にバラツキがあり、質が保証されているわけではない。医療機関のランキング本も出回るが、「手術件数が多い=医療の質が高い」という仮説のもと、ほかに侵襲性の低い治療法があるのに、手術に誘導する病院がランキング上位のこともある。
民事裁判訴状と判決文など、資料も満載。本書には、汲めども尽きない教えがあふれている。
(初出:「現代性教育研究月報」2010年9月号より改変)


リンパ浮腫関連は、りんりんの本棚からでご紹介しています。
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